冬の澄んだ空気に包まれた栗園では、葉がすっかり落ちた栗の木の枝が青空に清々しく伸びている。ここは、栗農家・山内善継さんが祖父の代から受け継ぎ、83 歳になる現在まで、30 年にわたって栗づくり一筋に歩んできた場所だ。
周囲を山々に囲まれ、昼夜の寒暖差が大きいことから朝晩に霧が立ち込める。栗園を包むこの朝霧が生み出す、艶やかで香り高く濃厚な味わいの栗を生み出すという。善継さんは「褐色のダイヤ」と呼んでいる。
京丹波町・和知の気候風土と、肥沃な土壌という豊かな自然の恵みと共に磨き上げた熟練の技と知恵を駆使した栗作りに終わりはない。日々研鑽を重ね、新たな発見に目を輝かせる。事務所の壁に貼られた「人生五訓 ―あせるな、おこるな、いばるな、くさるな、おこたるなー」 の言葉が、その好奇心旺盛で惰性のない生き方を表しているようだ。 冬の剪定や施肥、春の苗づくりや接ぎ木、夏の害虫駆除、そして年間を通しての草刈り。一本一本に丁寧に目を配り、手間ひまを惜しまず育てた栗の木は、夏のはじめに美しい緑色の毬をたわわに実らせる。やがて晩夏から秋にかけて完熟し、自然と落果する。その間は一番大変で楽しみな収穫の季節。せっせと“褐色のダイヤ”を拾い集める日々だ。
「栗の木は、手をかければかけるほど応えてくれる」
より美味しい栗を届けるために、善継さんは今日も栗園に向かう。
文:竹添友美
1973年東京生まれ。京都在住。会社勤務を経て2013年よりフリーランス編集・ライター。主に地域や衣食住、ものづくりに関わる雑誌、WEBサイト等で企画・編集・執筆を行う。編著に『たくましくて美しい糞虫図鑑』『たくましくて美しいウニと共生生物図鑑』(創元社)『小菅幸子 陶器の小さなブローチ』(風土社)など。
写真:津久井珠美
立命館大学卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告など、多岐にわたり撮影に携わる。クライアントワーク以外に、市井の人々のポートレートや、森、草花など、自然の撮影を通して作品を制作中。カメラを持って旅に行くことも、制作における経験の一つとして大切にしている。
接ぎ木(つぎき)をする理由とは?
前回ご紹介した「剪定」に加えて、栗の品質を左右するもう一つの重要な作業があります。それが「接ぎ木(つぎき)」 です。4月の半ば、再び善継(よしつぐ)さんを訪ねて、その現場を見せていただきました。

「栗というのは、果樹の中でも“成木率” が低いんです」と善継さんは言います。「たとえばリンゴやナシなら、100本植えたら90本くらいは育ちますが、栗は悪い年には半分、よくても70本ぐらいしか育ちません」。さらに、 栗は他の品種の花粉と交配してしまうため、実から育てても元の木(母樹)と同じような実をつけるとは限らないのだそう。
良い栗を育てるには、良い木を「つなぐ」
だから、いい栗を育てるためには優秀な実をつけた母樹から穂木(ほぎ)をとってきて、それを接ぎ木する作業が必要です。栗の実を蒔いて育てた苗を実生苗と言いますが、これを翌年2年目から接ぎ木します」。

梅が咲いたら穂木をとる
穂木をとるタイミングは、梅の花が満開の2月の下旬ごろ。「冬場は栗の木が眠っていますから、その栗の休眠期に採った穂木を、乾燥しないように黒マルチに包んで、冷蔵庫で4℃(家庭用の冷蔵庫の野菜室と同じ)ぐらいの温度で保存しておきます」。
桜が咲いたら、接ぎ木の季節
「こうして眠らせていた枝を、乾燥しないように接ぎ木する分だけ取り出します。時期は春接ぎと秋接ぎの2種類が あるんですが、春の方が成績がいいですね。一般的に栗の接ぎ木をする時期はソメイヨシノの桜が満開になってか ら1週間後くらいがちょうどいいと言われていますが、うちのあたりでは早く散りますので、そのお隣の八重桜が満 開になったころを適期としています」
接ぎ木に使う道具と方法

「切りつぎ」と「剥ぎつぎ」
接ぎ木の方法には、「切りつぎ(あるいは割りつぎ)」と「剥ぎつぎ」の2種類があります。1本の台木(元になる木)に対して、2つの芽がついた穂木をつぎます。必要な分だけその場で取り出して、乾燥させないよう常に細心の注意を払います。切りつぎは台木が細い場合、剥ぎつぎは台木が太い場合に向いていますが、どちらの継ぎ方が適しているかは台木の生育の様子を見ながら、その栗の木にとって自然に育っていける方法を判断します。その見極めには、経験と技がものをいいます。具体的にはどのように継いでいくのかを見せていただきました。
切りつぎ





剥ぎつぎ





この接ぎ木の作業、善継さんはなんと1日に約150本こなすのだそう。1本ずつ丁寧に細やかに、そして驚くほどの速さで手際よく進めていきます。

人の役には立っておこう
パワフルに働き続ける善継さんの原動力は、一体どこからくるのだろう?そんなことを思っていると、作業の合間に、 善継さんがスマホの画面を見せてくれました。そこには友人が送ってくれたという言葉が。
会いたい人には会っておこう
言いたいことは言っておこう
人の役には立っておこう
「栗を育てるときも、そんな気持ちでやっています」そう言って休憩もそこそこに、今度は草刈り機を手に栗園へ戻っていく善継さん。

終わりなき作業の一つひとつが、美味しい栗へとつながっています。